世界中が警戒した米国CPIが強めな数字となり、一方米国の小売売上高が予想よりも弱かったことから、急にスタグフレーションという言葉が飛び交い始めた。筆者に言わせるとたまたま同じタイミングで二つの数字が発表されたからにすぎないわけだが、ついこの間までデフレを心配していた市場参加者が一転してスタグフレーションを心配するようになるとは驚きである。なお念のためだが、米国のCPIは予想より強かったというだけで数字そのものは安定推移している。
US CPI

 スタグフレーションとは高インフレ下の低成長を言い、すぐに使われがちな割にはそんなに頻繁に起きるものではない。戦後起きたのは1960年代の英国や1970年代の米国くらいであり、背景には国有化・強い労組による生産性向上の阻害と石油ショックというコストプッシュインフレがあった。他に要因として挙げられるのは新興国の失敗した財政ばらまき・金融緩和くらいだ。もちろん、消費者の感覚としては物価が上がることは常に悪なのでスタグフレーションの気分には常になり得る。

 一般的にスタグフレーションは生産コストの高騰により起きる。生産コストの高騰は原材料・輸送コストの高騰、低い生産性によって起きる。政府の介入も強い労組もなく、新興国がデフレを輸出し、自動化・デジタル化による生産性革命が見えている中で、多少賃金インフレになったところですぐスタグフレーションを心配するのはナンセンスである。

 コストプッシュインフレなら全員が買えないまま物の価格が上がってしまう可能性があるが、今のように景況感→雇用→所得の結果として物価が上がっている(インフレと言えるほどでもない)のは、一部の、それも相当の数の人が購買力を持っているからだ。生産力がそこにある限り、高く売れるならどんどん生産して売れば良いし、逆に低成長で国民が買えなくなったら物価などすぐに戻るだろう。

US retail sales
 指標に立ち戻ると、消費は雇用と所得の結果であり、インフレ並みの遅行指標なので、景況感の先行きに対してインプリケーションを与えるものではない。ISM製造業景況感指数が50割れなどとは深刻度が違う。後から修正がかかることも多い。そもそも、1月は寒いからかクリスマス後だからか、常に前月比マイナスである。人々の所得と貯蓄が増えているのに急に消費しなくなって金融危機を誘発するなどということはない。逆にお金を持っていない人々をインフレ期待やら何やらで煽って消費させ、そこから経済サイクルを回し始めることもできない。債券市場のインフレそのものへの恐怖をスタグフレーションにすりかえるべきではない。