CPI家賃
 なんとなく、住宅からガソリンから野菜まで何もかも値上がりしているのに、新聞を読むと「日本当局は2%インフレを目指しているがいつまで経っても行きそうにない」という記事ばかりなのに違和感を持っている人は多いはずだ。そのねじれの一角を日経新聞が一枚のわかりやすいチャートで示している

    帰属家賃はCPIの中で1/4を占め、また持ち家も人生で最大の買い物である。それが誰がどう見ても値上がりしているのにCPI統計にはデフレ要因として計上されているのである。家計の消費バスケットを考えた時、家賃を払うというのはわかりやすいが、家賃を払う必要がない持ち家に住んでいる場合も、自分の家を近隣の相場から算出した理論的な家賃で仮想的に借りていると考える概念が帰属家賃である。その帰属家賃が統計上デフレしている理由について日経の記事は三つの理由を挙げている。

 第1の問題(持ち家と賃貸住宅の違い)は統計の連続性さえ取れれば別にどちらを使ってもあまり関係ないはずだ。第2の問題(賃料の粘着性)はよく言われている「借主保護が強すぎて家賃を上げられない」というもので、まあ日本特有のデフレ要因の一つと言えるだろう。ただそれでも建て替えや転居を通してゆっくりとリセットされるので、戦後その特徴が長年続いた後でも日本全体として異様に賃貸家賃相場が安すぎるわけではなく、CPIの他の要素と比べて特段特異な動きをしているわけではない。

 問題は第3の経年減価の補正だ。同じ民間賃貸住宅に何十年も住み続ける場合、建物が古くなるにつれて家賃は低下しやすくなる。しかし、これは当たり前であり、米国などでは「劣化した家に住む不便さを甘受するのは値上げを甘受するのと同じである」という考え方の下で経年劣化分を調整している。日本ではこのような経年減価の補正を行なっていない。持ち家で帰属家賃を考えると、とある家族が新築の5000万円(家賃で言うと月20万円相当)の家を買って住み始め、築30年(市場価値2500万円、家賃で言うと月10万円相当)になった頃には「あなたたちは30年前に比べて理論上払っている家賃が半分だから物価は30年前に比べてめちゃくちゃ下がったよね?」と言われるということだ。当然その頃、他の新築は5000万円のままである。ここ数年でいうと都内や大都市圏で以前と同じような新築マンションを買おうとするとむしろ大きく値上がりしており、買うための支出も家計簿の中で実際に増えている。ずっと賃貸で過ごした場合でも同じクオリティの家に住むための賃料は上がっている。それでも統計上は「同じマンションが古くなるにつれて家賃が下落している」ことを根拠に帰属家賃は下落したことになっている。
CPI breakdown
2016までのCPI寄与度
Japan US
米国の2%インフレのうち半分以上が家賃の上昇。このままでは「国際的にインフレ2%が普通だから日本も2%を目指すべき」という主張が痴人の夢であることがわかるだろう。

 日経の記事の家賃指数が正しいのであれば、緩やかに下落を続けるCPI家賃との間で12年間で10%の乖離が生じる。年率で言うと毎年1%弱である。これに1/4を掛け、さらに全国平均が東京都区部より弱いだろうことを考慮すると、およそ毎年0.1〜0.2%程度CPIが経年減価の不算入により押し下げられてきたことになる。3年前からこの議論があることを示すこの記事でも日銀の前田調査統計局長が0.1-0.2%という数字を挙げている。日経の記事ではさらにアグレッシブに「国際マニュアルに基づく測定法で0.7%押し上げ」としている。いずれにしても、直ちに2%を達成するほどではないにしてもそこそこのインパクトを期待できそうだ。逆に、2%を(まだ目指しているのであれば)達成するにはこのようにCPIの中身をいじっていくしかないのではないか。

 現状では経年減価補正を導入すべき日経や日銀の主張を否定する材料がほとんど一つも見つけられない。家電などが同じ値段で性能が上がるモデルが出ると品質調整でデフレ要因になるのに、住んでいる住宅が古くなると品質調整がなくこれまたデフレ要因になるのは明らかにおかしい。しかし、CPI数字を引き上げ=異次元緩和の出口が近づく、ということでもあるので、官庁側としては易々と変えるわけにはいかないだろう。出口への道は遠い。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。