世界中の金融業界従業員を嘲笑するかのように、2013年の立上げからわずか4年後の2017年に4億人から2000億ドル超を預かる世界最大のMMFまで成長した中国のオンラインMMF「余額宝(Yu'​e Bao)」が岐路に立っている。
MMFs
 余額宝は、1999年に設立された中国の電子商取引企業アリババの決済を支える決済システム「アリペイ(支付宝、2003年開始)」に、アリババのユーザーが預けている資金の投資商品として生まれた。少額(1元)から投資でき、また換金すれば即日でアリペイの中で決済に利用できる便利なMMFである。しかも、同じように即日で引き出せる銀行の普通預金が0.3%程度の金利しか付かない中、3-4%程度という破格な利回りを提供したことから爆発的に残高が増加した。余額宝はアリババの関連会社である「螞蟻金融服務集団(Ant Financial Service Group」が運営しており、このアントフィナンシャルは「米国のペイパルやガイコ、ウェルズ・ファーゴ、エキファックス、それにブラックロックが手掛けるそれぞれの事業の一部を全て1社で提供するような会社だ」と評価されている。
 
 高利回りMMFと聞くとまず気になるのは「どんな資産で運用しているか」である。我々は意識が高い記事が中国の信用スコアリングに基づくハイテクなオンライン貸出を取り上げるのを目にしたことは何度もある。しかし、こと余額宝に関する限り、資産の1割弱を債券、8割強を大口の銀行預金などに投じている。それでも余額宝は銀行預金よりずっと高い利回りを提供している。なぜ銀行に預けるだけで銀行預金よりも高金利のMMFができるのか。

 中国では銀行の預金金利は中央銀行によって基準金利近辺に規制されており、市場金利に比べてかなり低い水準に人為的に抑えられている。2017年年末の中国4大メガバンクの預金金利は以下である。3ヶ月や6ヶ月定期では1%台とCPIに負けており、普通預金に至っては邦銀を笑えないレベルの低水準である。

    メガバンク金利 中央銀行の基準金利
普通預金    0.30%    0.35%
3ヶ月定期   1.35%    1.1%
6ヶ月定期   1.55%    1.3%
1年定期    1.75%    1.5%
2年定期    2.25%    2.1%
3年定期    2.75%    2.75%

 預金金利規制は銀行業の利幅を確保するための計画経済である。貸出先がたくさんあるのに預金が足りない銀行は大口預金などを発行してインターバンク調達に乗り出すことになるが、その場合の金利はSHIBORが参考になる。
SHIBOR
    市場調達となるとガラッと雰囲気が変わる。SHIBORはリテール預金金利より全年限にわたって2%以上高いではないか。この金融抑圧とも言われる規制の歪みが余額宝の成長空間となったわけだ。余額宝で集めた小口資金を束ねてインターバンクで運用すれば、当然規制されたリテール預金金利より高い利回りを提供できる。

    2017年になって、恐らく余額宝が脅威になるほど巨大になったため、それまで「手間ばかりかかって儲からないリテールをアントに丸投げする形で」アントの規制アービトラージを見過ごしてきた銀行業界は反撃に出てきた。恐らくは銀行業界の陳情もあって、規制当局は世界最大のMMFになった余額宝の流動性リスク(一斉即日引出しに遭った場合、数ヶ月もの債券やCDで運用しているため流動性リスクに見舞われる可能性がある)に注目し、余額宝の一人当たり預け金額に10万元の上限を設けた。同時に銀行の預金金利自由化も進んできたため、富裕層個人の大口銀行預金の利回りも引き上げられつつある。最終的には庶民は余額宝、富裕層は銀行という健全な棲み分けになると思われる。

    なお、普通預金を中心にいわば「金利の口座維持手数料」を掛けている形の中国のケースとは逆に、邦銀が小口リテールに提示しているゼロ金利は考えられないほどの優遇である。当然このスキームはどんなにテクノロジーが発達しても日本では再現できない。逆に、インターバンクでゼロ金利を提示すると即座に数兆円集めることができるだろう。つまり、不当に高い預金金利であるゼロ金利を享受している我々は銀行に甘え、施しを受けているのだ。フィンテック先進国()である中国の例を参考にすればメガバンクはリテール預金金利をー1%,ー2%まで引き下げて殿様商売をしても、せいぜいフィンテックと棲み分けるだけで完全に駆逐されることはない。むしろフィンテックや資産運用ビジネスを発展させるためにも、いっそ預金金利を−1%くらいまで引き下げるべきではないか口座維持手数料を取っても良い。預金を引き出すと脅すのは自由だが、運用先に困っている銀行はそれを諸手を挙げて送り出すかもしれない。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。