金利とセンチメントから資産価格を考えるブログ

毎朝更新の予定。主に日米金利、ドル円、先進国株インデックスについて。視点は経済指標、地政学、センチメント、需給、テクニカルなどもろもろ。@shenmacro

カテゴリ:レポート記事 > 仮想通貨

5月末の記事では仮想通貨について、

「流動性と信用が悪いため、レバレッジをかけるのは論外で、ほとんどの人は全滅しても良い程度のお金しか換金していないはずだ。従って今の保有者が完全に自信をなくさない限り強制的に売らされる参加者は少なく、暴落に対する耐性はある。同じ煽られたニューマネーの流入でしか上がらない市場構造の中でも、例えば大株主になるほど小型株を自分で買い上げたファンドなどよりもよほど打たれ強いのではなかろうか。」

 と記したが、果たして主な仮想通貨は軒並み暴落から立ち直り、値持ちが良かった。一方でアクティブ銘柄はどんどん増えており、銘柄間でまた相場ができている。例えば10人いてランダムに10銘柄に投資していて1銘柄がバーストすれば必ず誰か1人は大儲けするため、儲け話は相変わらず聞こえてくるが、実際に銘柄を選択して売買して儲けるのは難しくなる局面に差し掛かっているように見える。新しい仮想通貨が増えることの危険性としては、せっかくの時価総額をどんどん新しい通貨に吸い取られるため、ビットコインが最初に登場した時の最大の強みであった希少性は様々なライバルによって実質的に希釈されていく。さらに、何匹目かのドジョウを探しに血眼になっている投資家がよく勉強しないまま新しい通貨に飛びつくようになると、どこかで確信犯的な上場詐欺に遭う場面が出るだろう。現在の規制が厳しい資本市場をバイパスして資金調達できるというのも仮想通貨の魅力としてカウントされているが、資本市場の規制が生まれた経緯を思い出すべきだ。そうなった時、仮想通貨全体のセンチメントがどうなるだろうか。

 前回の投稿の繰り返しとなるが、仮想通貨が基軸通貨になることも先進国の法定通貨になることもない。通貨供給量を自在にコントロールできない経済体は健全な成長ができないからだ。公的年金が仮想通貨で支払われることもない。公的年金は常に国家権力とセットだからだ。金融革命は常に起きているが「どうして米ドルではいけないのか」への答えはいまだ用意されていない。新興国で電子マネーが流行っているが決済されているのはあくまでもローカル通貨である。電子決済で遅れて焦っているからと言って仮想通貨を買い上げるのは筋違いである。

 というわけで持たざる安心感が健在な中で、仮想通貨投資で儲けるには目下、投資していない人を煽ってニューマネーを吸い寄せるしかないというわけで、必然的に宗教の勧誘に近くなってくる。仮想通貨を取り扱った記事や一般人の参加者の感想にいちいち「全くわかっていない」と論争が吹っ掛けられたり、数百年に一度の金融革命というざっくりとした大変動が語られるのは偶然ではない。なお、前回の記事では仮想通貨を金に近いと記したが、一部の貴金属界隈では安定的な政府不信をはじめ、似たような雰囲気を感じなくもない。ボーナスを握りしめて新規参入するとしても完全に投機として臨んだ方が良いと思われる。

このブログを始めた時から、今は2006年にいるという大局観を持っていた。ここ最近の仮想通貨バブルを見ていると、いよいよ懐かしさを感じてくる。

 米金利は上がらずフラットニング。一方株は堅調。円安ドル安でクロス円が堅調。万年割安な香港株が吹き上がる。頭の片隅には中国リスク(サブプライムショック直前の2007/2にも上海株をきっかけにフラッシュクラッシュしている)。好戦的な共和党政権。そして代替通貨(金や仮想通貨)がバブル。これらは全て2006~2007年を彷彿とさせる。従って金融庁がなんと言おうと今から長期を見据えた積み立て開始などとんでもないが、何かが炸裂して天井を付けるまでラストスパートする相場に取り残されるのはそれはそれでペインである。特に上司がいるファンドマネージャーにとっては。そして全員がそう思っているからバブルはなくならない。

 景気が良い時こそ税収が増えて各国の法定通貨の信認が高まるはずなのに、なぜかそういう時の方が通貨の信認が大衆心理の中で揺らぐという現象がある。世界中が好景気だった2007年までの数年間では米ドルに対してより希少性があると思われたユーロ、原油と金が暴騰した。日本ではFXでレバレッジをかけて円を売って外貨をロングするミセスワタナベが話題になった。そして今の中国も、ここ数年あまりにも簡単に人民元が稼げたので国民が戸惑っており、人民元に大して価値がないのではと考えるようになった。今では信じられない話だが、10年前には双子の赤字を垂れ流す米ドルよりも財政規律が条約で決められているユーロの方が価値がずっと高い、と真剣に語られていた。

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2006年以降のユーロ、原油、金。

 ユーロにも仮想通貨にもあてはまるが、希少性そのものには価値はない。特に自分自身も周りも不景気でお金がなくなった時に希少性があるものを持っていても何の役にも立たない。しかし、景気が良く、実感できる周りのお金が増える時には希少性への憧れが出て来る。お金が余ってくると特段美味しくもない会員制レストランに憧れる現象の延長線上にある。従って仮想通貨が持てはやされるのは実態経済の景気の良さの裏返しでもある。また、好景気では人々のリスクキャパシティが上がって来る。隣の旦那さんのボーナスや実業、投資の利益が増えていくため、動いていないと負けて行くからだ。そうすると何かのバブルがありそうなら乗っていかないといけない。

 仮想通貨は通貨ではない。金本位制時代から我々が学んだように、経済が成長するに連れて世の中で必要となる通貨は増え続けるので、希少性のある物を通貨にすると強烈なデフレとなりうまくいかない。仮想通貨と似たようなものとして通貨や株よりも美術品と金・銀の方がしっくりくる。技術系の話を無視して純粋な相場感だけで考えると流動性と信用が悪いため、レバレッジをかけるのは論外で、ほとんどの人は全滅しても良い程度のお金しか換金していないはずだ。従って今の保有者が完全に自信をなくさない限り強制的に売らされる参加者は少なく、暴落に対する耐性はある。同じ煽られたニューマネーの流入でしか上がらない市場構造の中でも、例えば大株主になるほど小型株を自分で買い上げたファンドなどよりもよほど打たれ強いのではなかろうか。

 リスク資産に話を戻すと、複利運用の威力や不労所得を讃えるの記事はちらほら見られるようになった。今が2006~07年と考えると、数年前と違ってリスク資産の大天井は手が届くところまで来ていると思う。しかし、天井感を感じるためにはもう少し絨毯爆撃のような宣伝と、堅実に生きてきた人の焦燥感が必要という気もする。「国際分散投資」「長期投資」「複利運用」「持たざるリスク」「1億儲けた」「脱サラ」「お金に働かせる」「経済的自由」が天井キーワードとなる。どの資産でも煽られずびびらず、完全に短期投資と割り切って付いていく心構えでやっていきたい。

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